♪ひとことメモがあります


コンサートレポート

2009年2010年|2011年

11月19日(土)ザ・フェニックスホール
田隅靖子 ピアノリサイタル
「イタリアとスペインの作曲家たち」 嶋田邦雄

公演前の10月、阪急・西院駅の階段で青年にぶつかられ、予期しない回復治療に時間を費やされたとのインフォメイションを得ていた。しかし、ステージに現れた田隅靖子はいつもと変わらない自然な姿勢で演奏を始めた。あの独特の暖かさと膨らみの中に、鋭さや激しさを秘めた音色で語りかけるように曲想が紡ぎだされてゆく。違う点と言えば、いつもは連弾か、よっぽどの新曲でもない限り、暗譜でピアノに向かっているのに、今度のリサイタルでは初めから譜面を置いていた点ぐらいだ。慎重には慎重を期してのことだろう。

今度の演奏会ではイタリアとスペインの作曲家に絞った興味深い曲目が配置されていた。イタリアではG.R.プラッティ(1697−1763)の「イタリア趣味のチェンバロソナタ第4番ト短調」に始まり、G.ロッシーニ(1792−1868)の「悲しいワルツ」と「オッフェンバック風小カプリス」、L.ダッラピッコラ(1904−1975)の「パガニーニの奇想曲によるソナティーナ・カノニカ」、L.ベリオ(1925−2003)の「ピアノのためのセクエンツァ第4」に至る並びである。接する機会の少ない曲目というだけでなく、バロック期から現代の前衛までのイタリア音楽の流れをピアノ曲の側面から総括したともいえる選曲だ。

田隅靖子の音色はこれらの曲の流れを現在に生きる私たちと的確に結びつけるうえで重要な役割を果たしていたと思う。プラッティの透明な曲想も混濁した現代と遊離した透明さではなく、その混濁を濾過した反面鏡のような深い音色の透明である。この透徹はロッシーニ、ダッラピッコラからベリオに至る流れにもさらに増幅した内容で引き継がれていた。特に衝撃だったのはベリオ。異化に満ちた挑発的な音、個々の音自体が自立し、それぞれに強烈なメッセージを発しながら全体としての大きな訴えへと螺旋状に高まってゆく。いくつかの部分が切り離されていながら、その部分は凝縮した時空の中で巨大な全体へと繋がっていった。田隅靖子はその一つ、一つのStückが終わる毎に、譜面をピアノ右下のステージに投げ落としてゆく。曲が進むにつれ、その投げ落とされた譜面はステージ上に幾何学的な紋様を形作り、積み重ねられていった。音楽を造形的な視覚と結びつけたような試み(それは意図されたものかどうか分からないが)で、実にスタイリッシュな興趣も同時に醸し出していた。イタリア音楽がバロックから現代まで、その独特の透明性で総括された演奏でもあった。



スペインで選ばれたのはI.アルベニス(1860−1909)の「スペイン組曲」より“カディス”と、M,ファリャ(1876−1946)の「三角帽子」より“近所の人たちの踊り”、“粉ひき女の踊り”、「恋は魔術師」より“恐怖の踊り”、“火祭りの踊り”というある意味でよく知られる曲目だ。スペインの音楽にはトラウマのようにその屈折した歴史と苦悩が刻み込まれているが、田隅靖子の演奏ではそのトラウマと同時に、アラビア音楽の片鱗(それ自体がまさにスペインの歴史なのだが)が見え隠れする興味深い奏法が際立った。ここでは奏者の横の“譜めくりのお嬢さん”が譜面をピアノの左上面に整然と積み重ね、前半でのベリオの際のステージ上の紋様とはまた違う“意匠”を形作っていた。面白い対比である。

田隅靖子の演奏の魅力を一言で語るのは難しい。いわゆる教授演奏家に見られる精緻だが面白味のない真面目演奏に辟易する不快さは全くない。しかし、逸脱とも程遠い。音楽の形式、枠の制約があるからこそ、その枠、様式の制約をどうのり越えるかで苦悩しているように見える。その火花を散らすような痛みの中から獲得した自由のようなものが感じ取れる。はっきり言って、いわゆる評論家を唸らせ、彼らから讃美されることはない演奏だろう。しかし、“完璧”とか“破格”で目を引くのではなく、音楽それ自体、しかも音楽がその中に抱え込みこみ、自らが包み込まれている人間の社会や歴史と向かい合う「生きた音楽」を引き出す作業と地道に取り組む姿勢にこそ眼を注ぎたい。それは評論とは何か、何を感じ取り、何を語るべきか、を私に問いかけるものであるようにも思える。今度のリサイタルが放射し、提起した問題は私にとって、音楽内容とともに、その音楽に係わる周辺が内包するさまざまの課題にも鋭く迫るものであった。

(11月19日、ザ・フェニックスホール) 嶋田邦雄

 

土井緑ピアノ・リサイタル

土井緑はショパンの連続演奏会で実績を上げてきたが、今回は記念年に因んでオール・リストプロ。まず演奏会用練習曲「軽やかさ」は、綺麗なタッチで、軽さと重さの対比をつけ、鮮やかな切れ味を聴かせた。アンコールでよく取り上げられるシューマン=リスト《献呈》は、旋律をじっくり歌うことに留意しすぎたのか、やや重くなった。中間部入りの調性のギャップによる驚きもほしいところ。土井はピアニストにしては珍しくワーグナー好きと聞くが、次のワーグナー=リスト《イゾルデの愛の死》はそれがよく表れていた。遅いテンポで旋律を歌い込み、それに錯綜した内声の動きが繊細に絡みつく。息の長いフレーズと次第次第の漸強が、無限旋律の緩やかな高揚を際立たせ、やがて法悦の頂点へと登りつめる。穏やかな後奏には浄化された余韻が漂う。リストのワーグナー編曲はたくさんあるのでもっと弾いて欲しい。《メフィストワルツ第1番》では、最初はもっと不気味さや大胆さが欲しいと思ったが、後半はバスのオドロオドロしさ、走句の切れ味、きれいな中間部、激しいパトスと、俄然ノリが良くなった。やはりメフィストはこうでなければ。

後半のリストのソナタは、冒頭からクリアな音でエネルギーを発散する。バスの悪魔の高笑いも効いている。最初の頂点の強烈な和音と走句のスピードも鮮やかだ。何より際立っているのは、中間部の抒情性。バスから高音に移ってゆく旋律の美しさは格別である。それが波のように何度も寄せ返す。そしてフガート以降の荒れ狂う激情と強靭な打ち込み。見事なリストであった。リストのあとはどこに行くのか、楽しみなピアニストである。

(11月10日、ザ・フェニックスホール) 横原千史

 

三木康子ピアノ・リサイタル

フランスで研鑽を積み、関西中心に活躍する三木康子の2年ぶりのリサイタルは、難曲を4曲並べた重量級のプログラム。まずベートーヴェン《エロイカ変奏曲》は、意欲作にふさわしい拡がりのある演奏だった。主題のバスの提示と変奏は流麗で音色もきれい。主題旋律提示以降は、慎重になりすぎて遅く、流れが悪い変奏もあった。第8変奏と第15変奏では、抒情的な旋律線が美しい弧を描いて、透明な世界を現出させる。終結フーガは声部の弾き分け、反行、主題旋律の処理も的確で、自然な高揚をもった見事な結びとなった。ショパンのソナタ第2番の冒頭楽章は、第1主題の焦燥感から、展開部の錯綜した転調、結尾の追い込みまで、息もつかせない。スケルツォは全体に遅めで、トリオもよく歌っているが、間延びする箇所もあった。葬送行進曲は響きの作り方が独特で、痛みに似た荘重な気分にぴったり。対照的に中間部は祈りのような歌で、表情の移ろいもきれい。葬送の再現では激しい感情の爆発が、ソナタ全体の壮大な頂点を形成する。終楽章がタッチとペダルで軽くなってしまったのが惜しい。

後半の鈴木英明《4つの紋様》は、高い緊張感の持続と技術レベルによる名曲の名演。奇怪なバス、内面を見つめるようなとりとめのないメロディ、神秘的な響きなど曲の特徴をよく捉えている。とりわけ第2曲は、二度の摩擦音、スピード感と切れ味、速い動きの中の沈黙、そして最後の高揚まで間然する所がない。ラヴェルの《夜のガスパール》「水の精」は、幻想味と美しい音色が印象的。水のしずくがキラキラと降りてくるよう。「絞首台」では、亡霊のような重く陰鬱な響きと、光の当たり具合で変わるような明るい響きの対比が素晴らしい。「スカルボ」では連打が鮮やかで切れ味もあり、神出鬼没の妖怪を不気味に描く。アンコールの平均律第1巻、変ホ短調の前奏曲とフーガも美しい。今後の更なる展開と飛躍が楽しみな演奏会であった。

(11月5日、イシハラホール) 横原千史

 

2011.10/27(木)ザ・フェニックスホール 
作曲家シリーズAバツェヴィチ〜湊谷亜由美ピアノリサイタル

自分の無知を恥じる。こんなに魅力的な曲があることを全く知らなかった。ポーランドの女性作曲家・グラジナ・バツェヴィチ(1909-1969)の2曲に絞った"作曲家シリーズ"の演奏会はある意味でセンセーショナルな一夜だった。

前半に弾かれたのは1953年に書かれた「ピアノソナタ第2番」。第1楽章では不協和な異化音が流れの至る所に顔を出すのに"違和"を感じさせない。ダイナミックに響きながら音が濁らない。常に透明感を秘めた打鍵が保たれていた故だろうか。フレーズごとの響きが相互に重なり合うことのない奏法から引き出されたのは強烈な訴求力に満ちたメッセージだった。続く第2楽章のラールゴを湊谷亜由美は実に思索に満ちた、深淵を見詰めるような世界に構成した。決して浸り込み、陶酔するような緩徐楽章の演奏ではない。清澄の極みとも言える高音部の強調で、その想いからはやはり強い訴えかけが引き出されたのだ。一転して激しいリズムを刻む第3楽章の民族舞曲的な躍動も決して前楽章の世界を壊すものでなく、むしろそこから羽化したような繋がりを感じさせた。その情熱的な動きの中に投入された一抹の翳りを糸口に、聴衆はここでも切ないほどの呼びかけに直面する。



後半の「ピアノ五重奏曲第1番」は1952年の作品。この演奏には稲庭達、林泉(Vn)、植田延江(Va)、日野俊介(Vc)が加わった。弦のメンバーも実に濃密にピアノと対話した。しかし、その対話は決して予定調和的な"融和"ではない。弦同士の協奏の中にも常に不協和な響きが秘められていた。やはり異化的な、それでいて、どこかインティームなものを求めているような響きである。それがピアノを橋渡しに大きな"融合"を模索し続けるのだ。第3楽章・グラーヴェでの深い瞑想の段階でその模索は一次元高い所へ飛翔を試みたようだ。この「ピアノ五重奏曲第1番」の中でのアウフヘーベンであると同時に、前半の「ピアノ・ソナタ第2番」も含めた全体の流れを揚棄する演奏でもあった。その流れは、しかし、私には魅惑的であると同時に痛々しく響き、やはり強く訴えかけてきた。ここでも、静かな、しかし、それだけに奥深くへと浸み込むメッセージが内包されていたことに気付く。前半の「ピアノ・ソナタ第2番」も含め、ある意味で古典的な楽曲構成を踏襲しながらも、そこには現代の音楽でなければ生み出せない音構成が楽曲を特徴づけている。れっきとした現代音楽である。しかし、それは聴衆を撥ね付ける作曲家だけの世界で堂々巡りをする現代音楽ではなく、民衆とともに歩もうとした音楽の試みだったのだ。

だが、この強烈なメッセージは一体、何を訴えているのだろう。
グラジナの青春時代はポーランドの歴史がたどった厳しい道程のただ中にあった。それが直接、音楽に影響しているなどという気はない。しかし、その民族の記憶というか共通の体験は彼女の血の中を駆け巡り、必然的に彼女の"メトーデ"を通じてその音楽の中に滲み出ている。書かれた年代と、この曲から発せられる訴求力は、私に数々の連想の糸を次々と手繰り寄せる作業を命じた。アンジェイ・ワイダ(1926-)が監督した映画、「地下水道」(1956年)や「灰とダイヤモンド」(1958年)が浮び上がった。もちろんワイダの方がグラジナよりずっと後輩にあたるが、その芸術に滲み出るポーランドの屈折した歴史の影では同じものを感じる。そんなことを言いだせば、パデレフスキにしても、ルトスワフスキにしても、クシシュトフ・キエシロフスキにしても、みんなどこかで繋がる耀きと影を背負っているということになるが。でもグラジナのメッセージからはナチスへの抵抗やワルシャワ解放時やその後の屈折が色濃く感じられた。そしてそれはワイダの屈折を解明するヒントが込められているように思えてならないのだ。

珍しい作曲家や、珍しい曲目を発掘する企画、試みにはこれまでにも何度か出会っている。中にはただ珍しいだけ、あるいは忘れ去られたのが当然と思えるようなものも少なくない。しかし、湊谷亜由美のグラジナ・バツェヴィチ演奏会は明らかに次元を異にしていた。その努力と取り組みに心からの敬意を表したい。

(10月27日、ザ・フェニックスホール) 嶋田邦雄