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11月19日(土)ザ・フェニックスホール
田隅靖子 ピアノリサイタル 「イタリアとスペインの作曲家たち」 嶋田邦雄
公演前の10月、阪急・西院駅の階段で青年にぶつかられ、予期しない回復治療に時間を費やされたとのインフォメイションを得ていた。しかし、ステージに現れた田隅靖子はいつもと変わらない自然な姿勢で演奏を始めた。あの独特の暖かさと膨らみの中に、鋭さや激しさを秘めた音色で語りかけるように曲想が紡ぎだされてゆく。違う点と言えば、いつもは連弾か、よっぽどの新曲でもない限り、暗譜でピアノに向かっているのに、今度のリサイタルでは初めから譜面を置いていた点ぐらいだ。慎重には慎重を期してのことだろう。
今度の演奏会ではイタリアとスペインの作曲家に絞った興味深い曲目が配置されていた。イタリアではG.R.プラッティ(1697−1763)の「イタリア趣味のチェンバロソナタ第4番ト短調」に始まり、G.ロッシーニ(1792−1868)の「悲しいワルツ」と「オッフェンバック風小カプリス」、L.ダッラピッコラ(1904−1975)の「パガニーニの奇想曲によるソナティーナ・カノニカ」、L.ベリオ(1925−2003)の「ピアノのためのセクエンツァ第4」に至る並びである。接する機会の少ない曲目というだけでなく、バロック期から現代の前衛までのイタリア音楽の流れをピアノ曲の側面から総括したともいえる選曲だ。
田隅靖子の音色はこれらの曲の流れを現在に生きる私たちと的確に結びつけるうえで重要な役割を果たしていたと思う。プラッティの透明な曲想も混濁した現代と遊離した透明さではなく、その混濁を濾過した反面鏡のような深い音色の透明である。この透徹はロッシーニ、ダッラピッコラからベリオに至る流れにもさらに増幅した内容で引き継がれていた。特に衝撃だったのはベリオ。異化に満ちた挑発的な音、個々の音自体が自立し、それぞれに強烈なメッセージを発しながら全体としての大きな訴えへと螺旋状に高まってゆく。いくつかの部分が切り離されていながら、その部分は凝縮した時空の中で巨大な全体へと繋がっていった。田隅靖子はその一つ、一つのStückが終わる毎に、譜面をピアノ右下のステージに投げ落としてゆく。曲が進むにつれ、その投げ落とされた譜面はステージ上に幾何学的な紋様を形作り、積み重ねられていった。音楽を造形的な視覚と結びつけたような試み(それは意図されたものかどうか分からないが)で、実にスタイリッシュな興趣も同時に醸し出していた。イタリア音楽がバロックから現代まで、その独特の透明性で総括された演奏でもあった。

スペインで選ばれたのはI.アルベニス(1860−1909)の「スペイン組曲」より“カディス”と、M,ファリャ(1876−1946)の「三角帽子」より“近所の人たちの踊り”、“粉ひき女の踊り”、「恋は魔術師」より“恐怖の踊り”、“火祭りの踊り”というある意味でよく知られる曲目だ。スペインの音楽にはトラウマのようにその屈折した歴史と苦悩が刻み込まれているが、田隅靖子の演奏ではそのトラウマと同時に、アラビア音楽の片鱗(それ自体がまさにスペインの歴史なのだが)が見え隠れする興味深い奏法が際立った。ここでは奏者の横の“譜めくりのお嬢さん”が譜面をピアノの左上面に整然と積み重ね、前半でのベリオの際のステージ上の紋様とはまた違う“意匠”を形作っていた。面白い対比である。
田隅靖子の演奏の魅力を一言で語るのは難しい。いわゆる教授演奏家に見られる精緻だが面白味のない真面目演奏に辟易する不快さは全くない。しかし、逸脱とも程遠い。音楽の形式、枠の制約があるからこそ、その枠、様式の制約をどうのり越えるかで苦悩しているように見える。その火花を散らすような痛みの中から獲得した自由のようなものが感じ取れる。はっきり言って、いわゆる評論家を唸らせ、彼らから讃美されることはない演奏だろう。しかし、“完璧”とか“破格”で目を引くのではなく、音楽それ自体、しかも音楽がその中に抱え込みこみ、自らが包み込まれている人間の社会や歴史と向かい合う「生きた音楽」を引き出す作業と地道に取り組む姿勢にこそ眼を注ぎたい。それは評論とは何か、何を感じ取り、何を語るべきか、を私に問いかけるものであるようにも思える。今度のリサイタルが放射し、提起した問題は私にとって、音楽内容とともに、その音楽に係わる周辺が内包するさまざまの課題にも鋭く迫るものであった。
(11月19日、ザ・フェニックスホール) 嶋田邦雄
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