♪ひとことメモがあります


コンサートレポート

2009年|2010年|2011年

11/26(土)神戸新聞松方ホール
「小松英典バリトンリサイタル」 嶋田邦雄

「明晰な発声」などという表現は小松英典の場合、何を評価したことにもならないだろう。透き通るように明瞭で、聴衆を即座に包み込む発声は小松のコンサートを独特の雰囲気へと構成する大きな要素だ。明瞭でしかも暖かい。まさに"begabt(天性)"の声で、あれやこれやの評論が空しく敗退してしまうような気さえする。11月26日のリサイタル(神戸新聞松方ホール)はその一つの典型と言える。

前半の冒頭に置いたR.シューマンの「リーダークライス」で小松はJ.F.アイヒェンドルフの歌詞の"言葉"自体を一旦、シューマンの音楽の中に溶融した後、再び新しい意味を獲得した"新しい言葉"として再構成しているように私には思える。単に明瞭に歌っているのではない。Liedとしての意味を背負った言葉として再生(Wiedergeburt)しているのだ。第3曲の"森の語らい"にはあのローレライが登場する。ハイネの「ローレライ」では遙か遠くの岩礁の高みから美しい歌で船人を惑わし、難破させるローレライがここでは、森の中で旅人と向かい合っている。冒頭と最後に「夜は更け、外は寒い(Es ist schon spät, es ist schon kalt)」の詞。それは人生の青春の初めにもう終末を予感するような不気味さを秘めている。「あなたはもうこの森から決して出られないわ!(<Du>Kommst nimmermehr aus diesem Wald.)」の妖艶?なローレライの語りでこの曲(詩)は終わるが、小松はこれを魅惑と不安が綯い交ぜになったような不安定な、しかし憧れと希望を内包した"漂う若さ"を清冽さの中に翳りを込めて歌った。この清冽さの中の翳りは作品38の"Liederkreis"の12曲全体を通して通奏低音のように流れていた。彫りの深い"物語り像"が創り出されたのだ。

Liederkreis("歌の輪"、あるいは"歌曲集")としてはH.ハイネの詩を基にした9曲で構成される作品24もある。作品38と同じ1840年の歌曲集で、素直に愛を歌っている。小松だったらこれをどう処理するだろう、と別の興味もわいてきた。きっと直向きで素直な愛の中に微妙な"翳り"を忍び込ませるのではないか。シューマン特有の"暗い情熱"がハイネの痛みを抱える直向きさの中から紡ぎ出されるのではないだろうか。

続くメンデルスゾーンの「挨拶」、「葦の歌」、「もう一つの五月の歌"魔女の歌"」では音色に心持ち艶を増して歌曲の多様な世界が演出された。十九世紀・中葉に向かうヨーロッパの矛盾と希望の入り交じる社会が屈折した形で反映されているロマン派の詩人や音楽家――その内面を小松の歌唱は的確に引き出していた。ピアノの金井信の伴奏も巧みである。  後半は興味深いプログラム編成だ。先ず、日本の歌曲7曲。山田耕筰の「かやの木山」、藤井清水「信田の藪」、平井康三郎「平城山」、橋本国彦「富士山みたら」に続いて中山晋平の「波浮の港」、「ゴンドラの歌」と「出船の港」が歌われた。明瞭な日本語が実に美しい。あえてこんなことを言うのは、何を歌っているのか分からないような歌手も少なくないからだ。小松はこの7曲で日本の姿、自然と、そこに生きる民衆を描き出したのではないだろうか。「出船の港」では冒頭の「どんと、どんと、どんと波乗り越えて……」の個所を会場の聴衆に唱和するよう誘いかけた。そうか。後半では聴衆参加のコンサートを考えていたのだろう。ニューイヤー・コンサートでの定番「ラデツキー行進曲」(曲自体も1848年に北イタリアで起きたオーストリアからの独立革命鎮圧のために出陣したラデツキー将軍を讃える軍隊行進曲ではないか)が厭で、私はいつもパスしているが、小松が意図したような唱和は本当に気持ちが良い。日本の歌曲がこのような形でコンサートの中で復権するのもうれしい。

最後に配置されたのはC.グノーのオペラ『フィルモンとボーシス』から"ジュピターの子守歌"とH.ベルリオーズの劇的物語『ファウストの劫罰』より"メフィストフェレスのセレナード"、N.オリヴィエーロのカンツォーネ「三日月」に続いてラルフ・P・エルヴィンのコンチネンタル・タンゴ曲「奥様お手をどうぞ」、終曲はR.タウバーのオペレッタ『歌う夢』より"君は我が世界"である。どちらかと言えば俗世間の雰囲気と踵を接する曲。それをくだけた調子で、しかし上品さを失わずに歌うことは逆に至難の業と志向を要求されると思う。小松は上手かった。「『フィルモンとボーシス』の内容については私も知りません」とあっけらかんと語りかけたのも演出ではなかったかと思った。

私が特に注目したのはあの「奥様お手をどうぞ」だ。とにかく懐かしい。確か1928年の作品と記憶するが、どういうわけか私が住んでいたところ(長野県)では1950年前後にすごく流行っていた。汽車で高校へ通っていた時代だ。乗降する信越線(今は廃線になり、"信濃鉄道"とやらになってしまった)上田駅前の商店のスピーカーからは、かなり大きなヴォリュームで「奥様お手をどうぞ」や「碧空(Blauer Himmel)」などのコンチネンタル・タンゴが流されていた。どこか物悲しい、それでいて退廃への密かな憧れのようなものを内包する曲想を高校生の胸は敏感にとらえていたように思う。単なる懐旧で言うのではない。ナチスが台頭する1920年代中葉から30年代初めのドイツの混沌とした雰囲気を知識だけで知った子供が50年代に夢想した"憧れと拒絶"の錯綜した世界を2010年の神戸で思い出したのだ。現在の日本にどこか似たものがある。小松英典の「奥様お手をどうぞ」はあくまでも歌曲として歌われたものだ。だからこそ、時代を超えて作曲者が密かに抱いていた想いが今に伝えられたのだと思う。謝謝!

 

メンデルスゾーンの内に秘めた強い思い
(2010/11/26、白石知雄)

銀行家の長男に生まれたメンデルスゾーンは、当時の一流の人たちから正真正銘の英才教育を受けた作曲家。上流社会のマナーを身につけるようにして、伝統的な作曲技法を習得しているので、彼の書いた楽譜は、甘く穏健なメロディーからは想像ができないくらい厳しく音が選び抜かれている。今年の秋の「作曲家シリーズ」最終回で、これまで、どちらかというとダイナミックな音楽に取り組むことが多かった下川麗子がメンデルスゾーンに初めて本格的に取り組んだ。下川は、来年、作曲者ゆかりのライプチヒでの演奏を予定しているとのことで、それを見据えた上での今回のプログラムである。

「無言歌」からの4曲は、第1番「甘い思い出」と第25番「五月のそよ風」の抑えた表現、第9番「慰め」の祈るように切実な表情に、この演奏会に新たな気持ちで臨む覚悟が感じられた。そして第30番「春の歌」は、曲のフォルムを崩さない範囲で、旋律に思い切った陰影を付け加える。メンデルスゾーンが内に秘めていたかもしれない強い気持ちを汲み取る意欲的な演奏だった。幻想曲「スコットランド・ソナタ」も、響きが大きく広がって、ユニークなメンデルスゾーン解釈を予感させる。

ヴァイオリンの八幡順、チェロの大町剛が加わる後半のピアノ三重奏曲第1番は、ヴァイオリンの隅々までコントロールされた語り口で、演奏の基調が決まった。チェロは機敏で、如才なく気を配るパートナーの役回り。ピアノも、気苦労の多いやっかいなパートを落ち着いてこなした。それぞれの楽器が、節度を保ちながら連携することで、美しい正三角形を作る。各々の気遣いがきれいに実を結ぶ演奏だった。

白石知雄(「作曲家シリーズ」構成・監修、音楽評論家)

 

天上から舞い降りる響き、高い山を登り切る達成感
(2010/11/22、白石知雄)

セザール・フランクの音楽は、かけがえのない魅力的な瞬間を多く含むが、ひとつひとつの作品の密度が高いので、一度に弾くのは大変。「作曲家シリーズ」今秋第4回で、芦刈元子がこの難事業に果敢に挑戦してくれた。

しかし、彼女には、何か適性のようなものがあるのかもしれない。オルガン曲をピアノに移した「前奏曲、フーガと変奏曲」は、特別なことをやっているそぶりもなく、低音をしっかり鳴らすオルガン風のバランスでフーガを着実にこなして、大げさすぎない形にまとまっていた。

代表作の「前奏曲、コラールとフーガ」も同じように安定した歩み、かと思いきや、中間のコラールの入りで不意を突かれる。一面に広がる分散和音を、まるでハープの音が天上から地上へ降り注ぐように、とっておきの優しいタッチで弾き始めるのだ。これで一挙に、作品世界の構図が立体的になった。フーガが次第に盛り上がる様子は、高い山を登り切る達成感を感じさせた。

日比浩一を迎えたヴァイオリン・ソナタは、ややスタミナ切れだったかもしれない。ヴァイオリンが第1楽章で柔軟に揺れ動く表情は印象的だった。アンコールに、珍しいヴァイオリン小品「アンダンティーノ・キエトーソ」と「人形の夢」を取り上げて、フランクの知られざる一面に光を当ててくれたのが嬉しい。

白石知雄(「作曲家シリーズ」構成・監修、音楽評論家)

 

本物を見抜くピアニストの目
(2010/11/7、白石知雄)

今秋の「作曲家シリーズ」第3回はプロコフィエフ。鋼のようなタッチで懐古趣味を粉砕する重戦車のイメージで語られる作曲家ではある。しかし今回の上田多嘉子の演奏会は、作曲家に対する思いより前に、まず、彼女が岩谷祐之のヴァイオリンの音色に惚れ込んで、彼と共演したいと希望したというところからはじまった。

後半で演奏されたヴァイオリン・ソナタ第1番での岩谷の演奏は、期待通り魅力的なものだった。耳にザラリとしたひっかかりを感じさせる音色は、むしろ個性的でロシアの音楽にぴったりだし、音の芯はピンと張りつめて、音楽のイメージがぼやけることはない。アンサンブルの難所にも落ち着いて対処して、関西フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの経験なのか、包容力すら感じさせた。

前半の「つかの間の幻影」抜粋は、平易な小品集のような体裁だが、手品のように気の利いた演出が施されていて、意外に手強い。「ロメオとジュリエット」からの2曲、"少女ジュリエット"と"モンタギュー家とキャピュレット家"を挟み、ピアノソナタ第4番は、鍵盤を真っ直ぐに捉えて、ストレートな演奏を組み立てて、上田のスタイルと作品のスタイルがぴったりかみ合っていたのではないだろうか。

また、アンコールでは、高音域の分散和音が印象派のように色とりどりにきらめく「前奏曲」を弾いてくれた。予想外の選曲、清涼感のある演奏で、こういう何気ない選曲に、岩谷に惚れ込んだのと同じ、上田の良いものを選ぶセンスの良さが表れていたように思う。

白石知雄(「作曲家シリーズ」構成・監修、音楽評論家)

 

チョロとの共演で広がるショパンの世界
(2010/10/17、白石知雄)

思えば、3年半前の「作曲家シリーズ」第1回が星裕子さんだった。そのときのテーマはシューマン。場所を移した2回目の登場は、同い年生まれで、やはり生誕200年となるショパンの特集である。同じ年に生まれたロマン派といっても作風は随分と違う。4年越しで聴き比べる演奏会になった。

「3つのマズルカ」作品59が落ち着いた雰囲気ではじまって、ああ、こういう人だったと記憶がよみがえる。イ短調の第1曲から、変イ長調の第2曲へ映って、過剰に声を荒らげない長所の出た演奏になる。ソナタ第3番も、第1楽章からしっとりした歌を聴かせてくれた。

そして後半は、チェロ・ソナタで近藤浩志と共演する。ピアノという楽器は、独奏で自己完結できてしまうので、どうしても一定の枠内に音楽を収めようとしてしまいがちだが、近藤は圧倒的な迫力で、共演者を広い世界へ連れ出してくれた。第1楽章の冒頭から、大柄な歌いっぷりで、ある種の熱っぽさを感じさせて、聴き手を釘付けにする。そして第3楽章が本当に美しかった。最後にチェロが低音の支えに回り、その上にピアノが柔らかく乗る。2つの楽器が融け合う和音は、極上の残り香のような余韻を残す。忘れられない瞬間だった。

白石知雄(「作曲家シリーズ」構成・監修、音楽評論家)

 

ピアノとクラリネットで綴るシューマンのファンタジー
(2010/9/26、白石知雄)

4年目に入った「作曲家シリーズ」、今秋はザ・フェニックスホールに場所を移して、5回のシリーズでお届けすることになった。ピアノ・ソロとゲストを迎えた室内楽を組み合わせるスタイルはこれまでと変わらない。演奏空間は一回り大きくなったが、2階席もステージをさほど遠く感じることのない配置なので、変わらずアット・ホームな雰囲気で進めることができているように思う。

今年は、ロマン派の二大ピアノ作曲家の記念の年で、もちろん、このシリーズにもショパンとシューマンが含まれている。今秋第1回の福井真裕子は、さっそく生誕200年を迎えたシューマンの特集である。

ファンタジーをテーマにして、前半に「幻想小曲集」という同じタイトルのピアノ曲と、クラリネット曲(福井聡との共演)を並べて、後半はピアノ独奏の「幻想曲」。福井の演奏は折り目正しく、「飛翔」や「夜に」などでは芯の強さを感じさせた。二重奏も音楽的にはピアノ主導で、その上に福井聡のクラリネットの柔らかい響きが加わる形。タイトルは同じだが、こちらは秋を感じさせるしっとりした演奏になった。

後半の「幻想曲」は入りくんだ構成の作品だが、ピアノに迷いはない。第2楽章も安定している。そして第3楽章では、くっきりと複数の声が絡み合う様子が手に取るようにわかる。耳が良く、客観的に音楽の形をとらえる堅実なシューマンだったと思う。

白石知雄(「作曲家シリーズ」構成・監修、音楽評論家)

 

7/17(土)ザ・フェニックスホール
「夏祭なにわなくとも室内楽2010」 嶋田邦雄

何ともこの暑さには呪いの言葉を投げつけたくもなる。
しかし、今年もフェニックスホールで開かれた<夏祭 第2夜>“S.C.H.静寂をつらぬく熱き響き”(7月17日)はやはり刺激に満ちたものだった。
体調不良で出席できなかった<第1夜>“C.H.に脱帽”(3日)のことがあれこれ想像されて(ボクの注目する演奏家が出ていることもあって)また、また呪いを口にしてしまう。
しかし、このような企画がコンサート・ラッシュの中にきちんと座を占めるきっかけになっているのなら、このくそ暑さ(sauheiβ!)もまあいいとするか。

<第2夜>について言えば、R.シューマン生誕200年への想いをユニークな室内楽の選曲で満たすだろうとの憶測がずばり的中。
先ず、その曲目配置の面白さに目を見張った。

冒頭の「アンダンテと変奏曲 変ロ長調」は2台のピアノ(加納くみ子&長戸みのり)と2本のチェロ(日野俊介&池村佳子)、それにホルン(瀬古宗 優)が加わった興味深い5重奏曲だ。
3つの楽器の対話が実に親和力に満ちた形で展開していたが、嘆きを秘めた呟きを優しい語りに転化するように響くチェロと、それにアクセントをつけるように絡み合うホルンとピアノが内面の喜びや悲嘆の襞を巧みに引き出した。
ところによって聞こえるチェロの異化音も苦悩の断面を提示しているようだ。
楽器の組み合わせの妙に注目した。

2曲目の「おとぎの絵本」はヴィオラ(竹内晴夫)とピアノ(富岡順子)のコンビによる演奏だったが、第4部に付けられた“メランコリックにゆっくりと”の表示が語るように、民衆の苦悩や、歴史的な悲しみを秘めたおとぎ話の世界をヴィオラが沈潜の中に希望を滲ませた表情で見事に描きだしていた。

そしてそれは「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番 ニ短調」へと繋がる。
ヴァイオリン(菊本恭子)とピアノ(小池 泉)による“燻し銀”の世界だが、ここに引き出された想いはシューマン特有の“暗い情熱”をもじっと見詰める冷静な視線である。
激しくても常に覚めたもう一人の自分が同居しているような演奏が彫りの深い曲想を構成し、冒頭の「アンダンテと変奏曲」からの流れを総括しているようでもあった。
チェロ→ヴィオラ→ヴァイオリンと5度ずつ高まる楽器によってシューマンの内面を独自の角度から照射したユニークな試みともとれるし、その意図を反射するような演奏であった。

後半は先ず、クララ・シューマンの曲を2曲披露した。
「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲」(ピアノ:椋木祐子)と「ピアノ三重奏曲 ト短調」(ピアノ:小池 泉、ヴァイオリン:菊本恭子、チェロ:池村佳子)だ。
ボクにとって決して聞く頻度の高くないクララの曲(FMラジオなどを別にすれば)。
新鮮な体験の機会であった。
しっかりした構成の中にロベルトと共通する熱い思いを込めている点ではやはり19世紀中葉へ向かうヨーロッパ音楽界の思潮を感じる。
古典派のような堅固さを持ちながら“熱い”。
しかし、ロベルトは常にその様式、ワクから飛び出そうと試み(無意識的にも)、ワク自体を揺さぶってその中で“暗い情熱”が醸成されていた。
それに対し、クララの“熱い想い”はワク、様式をロマン派的に飾ることはあってもワク自体を破壊するヴェクトルはもっていない。
むしろ様式を堅固に固めている感じだ。
その印象は最後に演奏したロベルトの「ピアノ五重奏曲 変ホ長調」に数々の示唆を与えてくれた。
演奏はピアノ:椋木裕子、ヴァイオリン:釋伸司と池川章子、ヴィオラ:竹内晴夫、チェロ:日野俊介。
その編成を見ても、後半の曲目の流れの中で、ピアノを中心に1人、3人(クララ)、5人(ロベルト)と規模の広がりとともに想いの広がりも構成されている点が先ず面白い。
「ピアノ五重奏曲」では内面で熟成された熱い想いが外へと噴出するヴェクトルをもろに感じさせるし、その想いを演奏者たちは巧みに構成していた。
決して体裁よく内側へとまとまるのではない。
各奏者たちはむしろ対峙するように向き合う。
外へと向かう想いをその極限で抑え、内側へといったん跳ね返し、その反発力でさらに広い世界へと飛翔させているようだ。
シューマンのそれと融合した5人の演奏は明らかに、果たされなかった“過去の人々の想い”を救出し、“現在の想い”へと再創造しているようであった。
このような演奏を「ああだ」、「こうだ」と分析する行為は評論の驕りであろう。
その音楽が創り出される共同体に場を占める人が、その音楽への想いを共に作る(zusammenmachen)作業に参加できるか、どうか、が問われるのだと思う。
そのような刺激に満ちた演奏のように私には思えた。
それも、クララの2曲の後にロベルトの「五重奏曲」を配置した知的なプログラム構成も一役買っているのかも知れない。
さらに言えば、前半の開始曲「アンダンテと変奏曲」も五重奏の形式であった。
全体を形式と内容(“芸術家の想い”が“世界の想い”に介入する「時代の思潮」)の両面から検証する作業にもかかわるような内容の濃い演奏会であった。

私自身、シューマンの“暗い情熱”に強く惹かれながらも、正直のところ、辟易としていたことを告白しなくてはならない。
そう、“破滅へのヴェクトル”をも内包するシューマンの想いの前にまともに立てなかった自分を恥ずかしく思う。
1848年の革命時に革命に背を向けてドレスデンを脱出したシューマンをヴァグナーと比較して“非社会的”と言ってみた時もあった。
しかし、破滅をも厭わない想いを持っていたが故に、彼の繊細な神経を守り通したかったのだろう。
彼の“暗い情熱”につながる思潮は1848年の革命から1971年のパリ・コミューン、さらにその後のヨーロッパの、いやアジアも含めての世界的な社会史の激動に重要な端緒やエネルギーを与えているではないか。
そんな数々の思い、連想を次から次と引き出してくれたコンサートである。
この演奏会にかかわった演奏者、スタッフに敬意を表したい。